「いつも、考えていますか?」という質問に、今の自分は、どう応えるだろうか。おそらく、多くの人は「はい」と応えるだろう。それは、嘘ではないし、間違いでもない。ただ、その「考えている」深さや広さは、人によって、様々であることは当然のこと。
「考える」ということは、想像以上に体力や精神力を使う。だから、人は、なるべく考えないで事を成したいと思う。新しいビジネスモデルを考えることよりも、すでにあるモデルを真似る方が早いし楽だ。
新しい営業先を開拓することよりも、既存の顧客の対応をしている方が早いし楽だ。いわゆる、こうした安心領域を抜け出すことは、リスクもあるし、決して楽で楽しいことではない。
ただ、間違いなくいえることは、社会情勢や経済状況は、急速に変化しているということ。わずか10数年前に昨今のような、インターネットや携帯電話の普及が想像できただろうか。終身雇用制の崩壊、停滞する経済状況。
銀行や証券会社が倒産することが想像できただろうか。人間の価値観自体も変化している。成果主義や価格競争の成れの果て。その傾向として、今まで隠されていた膿が噴出している。
この変化の中にあって、どうして自分だけが、過去の遺産の中で生きていくことが可能だといえるのか。現状維持は、後退することを意味する。後退を食い止める方法は、考えることしかない。「考える」とは、新しい見方や考え方を身に付けること。
たとえ、多くの情報を得たとしても、新しい考え方でなければ、得るものは少ない。確実に失敗するための方法が2つあるという。ひとつは、考えないで、行動すること。もうひとつは、考えても、行動しないこと。
新しい考え方を培う。そのための学習や経験。それが、現代サバイバルの処世術といえるだろう。
