世の中には、大きく分類して2種類の生き方をする人たちがいるという。ひとつは、自分の夢を実現する人。そして、もうひとつは他人の夢の実現を支援する人。どちらの生き方も、とてもすばらしい生き方だ。
ただ、残念なのは、他人の夢の実現を支援する立場にあって、不満を抱いている場合だ。そもそも、不満や愚痴の出所は、自分の無責任さの中にあるもの。自分の身の回りの出来事は、どんな些細なことであれ、自分で選択したこと。または、自分で選択できることだ。
その権利を横において、不満を口にするのは、自分の選択に責任をとっていないことになる。この責任を取らない状態が、結果的に、自分自身を不幸な生き方にしてしまう。身の回りの出来事において、すべて自分の責任として受け止め行動する。
これが、充足された生き方をつくる。「7つの習慣」のコビー博士は、このことを「自分の輪の中に取り込む」と表現した。自分の意思と選択で物事を進めていけば、自然と不満や文句はでなくなる。
たとえ、他人の意見に賛同した場合でも、賛同したのは自分であり、自分の責任だ。意思を持って選択すれば、物事は、自然と自分の思い描いたとおりに動く。不満や愚痴が口に出てきそうになったときは、自分が責任を取れていないことに気付くことだ。
そして、自分の責任を確認して納得してみる。その結果として、自分の欲しい結果のために、次にどうするべきかが見えてくる。人生は、エピソードの積み重ね。そして、そのエピソードのひとつひとつには意味がある。
見えない未来のために犠牲にすることなどひとつもない。そのエピソードを活かすも殺すも自分次第。責任の取り方ひとつで決まることなのだ。
