まだ、初心者だから。使いこなせないから。使う道具について、こういった理由で妥協してしまうことがある。もし、その道具を使う世界で、それなりにやっていこうと考えるならば杞憂だ。
たとえば、初心者用の道具を使うことは、自分が初心者であることを認めることになる。事実、そうなのかもしれないが、上達のスピードの観点からすると疑問だ。環境が人を作る。アイデンティティが人を変える。
こういったことが言われる理由には根拠がある。役割を与えられた人はスタンスが変わる。スタンスが変われば態度が変わる。態度が変われば結果が変わる。たとえば、幼い頃は野球選手に憧れて、自分が、その選手になったように振舞える。
しかし、大人になるに従って、自分が演じることに条件を付けるようになる。これができなから。このレベルじゃないから。恥ずかしいから。非難を浴びるから。「だから、自分はこれでいい」こう自分自身に宣言した時点で、現実も「これでいい」レベルに収まってしまうもの。
だから、道具については、はじめから自分の納得いくものを選択する。自分の理想とする姿になったとしても、使い続けるであろう道具をはじめから選択する。高価な道具を使えといっているのではない。はじめから、信頼できる道具を使うということ。
これを、道具に過信すること同じと理解してはいけない。「宝の持ち腐れ」とは、役に立つものを持ちながら使わないこと。信頼できる道具を使い続けることは、「宝の持ち腐れ」にはならない。演じることで、「宝を使い倒す」。
理想的な結果を手にするための、大切な黄金律のひとつだ。